うたかたラジオ

お代は“ラヴ”で結構です。

はじめに

はてなブログでの初記事になります。

 

というのも、自分は某ブログサービス(仮に「A」とする)で8年ほどお世話になっていまして、その前にもまた他のところで1年ちょっとブログ(仮に「B」とする)を書いていたことがあるため、ブロガー歴は10年に差し掛かるかなーくらいなんですね。

BからAに移行した経緯は、謎のメンテナンスの後に長期間記事をかけない時期があって、ブログサービス自体に対していくつか不満点があったことから、新しい舞台でまた文章を書いてみたいと思ったからです。

 

8年続けたブログからの引越し

ブログサービスに違和感

そして、今回Aからお引越しを決めた理由としては、「コンテンツとしての体力が弱くなってきた気がした」から。

ブログの体力は≒ブロガー及び読者の熱意だとか活力だと思うのですが、それが近年低迷しているかなと感じたんです。

これはあくまで8年続けてきてなんとなく感じた主観的なものですが、数値的なものを出せば、例えばよくある「アクセス数をランキングに反映するシステム」。

自分がブログを始めたころは、周りの勢いが凄すぎて、少し更新期間が空くと注目度が下がり、ずーっとランキングの圏外にいるなんてことがよくありました。

今となっては1週間や10日放っておいてアクセス数も当然大して伸びていない状況でも平気でランクインしたりする。

書く人も読む人も激減したんだなと悲しい気持ちになります。

一時期はいっちょ前に「アクセス数を伸ばして多くの人に読んでもらえたら」と思って色々工夫したりしていましたが、それは最初の2、3年くらいで、今となっては力を抜いて書きたいときに書きたいものを書く。

読みたい人が一人でもいればいい。読みやすい文章を書くことは常に心掛けてるけれど、必要以上に推敲したりはしなくてもいいかな。

そんな感じでゆるゆるなモチベーションでなんとなく続けていました。

 

はてなブログとの出会い

そこで「はてなブログ」との出会いですよ。最近、6年近く使っていたボロボロのandroidをiPhone8に変えたんですよ。

もう、サクサクですよ。高級料亭の天ぷらだ、これは。あ、舞茸の天ぷらが好きです。茄子もいいね。チェーン店で「てんや」ってあるじゃないですか。あそこのミニうどんが結構好き。柚子がね・・・。

それはそれとして、サクサク動くから色々試してみたくなる。アプリを入れて、壁紙替えて、レイアウトも凝ってみたり。

今までは動きがもっさりで外でブログやその他SNSを利用することがほぼなかったのですが、快適に情報収集できる。

昔みたいに好きなブログを漁って定期的に巡回しよう(AもBも始めたきっかけは面白いブログを見つけて、自分も表明の場に参加したかったから)、そう思ったわけです。

その中で、「ブログ おすすめ」というような感じでいくつかのブログを読み、気に入ったものを片っ端からブックマークしていくと、そのほとんどがこの「はてなブログ」でブログを書かれている人のものだったんですね。

 

8年ぶりに「こんなに素敵な文章で人を楽しませたい」と思えました。これが8年間続けたブログからお引越しをする十分な理由になるのではないでしょうか。

 

そんなわけで、これからここでお世話になろうと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

 

当ブログのコンセプト

そうそう、当ブログのコンセプトですが、タイトルに「うたかたラジオ」とあるように、言葉という儚い存在をMCと語り部という形式で楽しんでいただくというものです。

テーマを固定するつもりはないので、日記的な雑多なもの、食べ物のこと、読んだ本のこと、趣味のこと、ニュースについて等々の豊富なチャンネルを用意して、気が向けば読んでほしい。

文章という形では残るけれど、本質的に言葉は生き物だと思うので、リアルタイムで言葉を届け、その後は琥珀にでも閉じ込めてバックナンバーとして保管するというようなイメージ。

進行としては、冒頭で「ですます調のMC」、それに続いて「断定調の語り部」という構成を考えています。

 

まとめ

最後に「はてなID」のことですが、これって恒久不変のものらしいので、結構悩みました。その結果、「marurinmaru」という何ともかわいらしい響きのものになりました。

一応自分なりに意味があって、maru-rin-maru→丸-輪-円、なんですよ。全部少しずつ違う「まる」。

うたかた→泡沫→泡は丸いというところにもかかっていますが、大げさなことを持ち出せば、自分の死生観を表現しているんですね。

 

世界の三大喜劇王に数えられるチャップリンの言葉にこんなものがあります。

人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.

 

人生山あり谷あり。泥水を啜るときもあれば、眼前にバラの花畑が広がることもある。ああ、なんてつまらない人生なんだ、報われない人生なんだと嘆くことは簡単だけれど、きっとそういう人にも幸せな時期があっただろうし、これからどうなるかは誰にもわからない。

結局、人生を一つの劇として捉えて、最後にハッピーエンドと思えれば、その人生に誰も文句はつけられないだろう。

終わりよければすべて良しというけれど、人生のハッピーエンドっていったい何だろう。

これは持論なのですが、「幸福」と「不幸」を仮に数値化できるとして、最後に息を引き取る瞬間に、不幸が49%でも幸福が51%でわずかに上回っていれば、それはトータルとして十分なハッピーエンドだと思うのです。

「最高にハッピーでした!わが人生に一片の悔いなし!」とはいかなくても、「まぁ悪くはなかったな・・・」と思えたら、それって素敵なことだと思います。

 

色んな事があるけれど、人生の始点と終点を繋げて、歪でも柔らかい「丸」にしたいな。

 

こういった思いを込めて、ゆるりと始めていきたいと思います。